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飯田市美術博物館で「信濃の歴史講座」

 南信州や信濃の歴史と文化を学ぶ「信濃の歴史講座」が19日、飯田市追手町の同市美術博物館で開かれた。「信濃の古代」をテーマに、市上郷考古博物館学芸員の山下誠一さんと県立歴史館の考古資料班長・土屋積さんが講演。会場を訪れた約30人が、弥生時代の伊那谷や長野県について学んだ。

 地元だけでなく県全体の歴史を学びたい―という要望を受け、昨年から開講。今年度の講座第1回である今回は古代に着目し、山下さんが弥生時代の伊那谷、土屋さんが弥生時代後期にあたる邪馬台国時代と古墳時代の信州を担当。遺跡や資料を通じて見える周辺地域との関わり、文化などにふれた。

 山下さんは農耕文化を中心に講演。縄文時代後期から弥生時代前期の遺物が出土した座光寺の石行遺跡の遺物の中に、三河地方から持ちこまれた籾圧痕土器(製作過程で籾が付着した土器)が含まれていたことから「直接的な証拠ではないが、同地方から稲作の情報を得たのでは」と示唆した。

 次に飯田盆地の遺跡動向に着目し、弥生中期中葉の寺所遺跡(松尾)と井戸下遺跡(川路)が天竜川氾濫原に近い位置に立地していたのに対して、中期後半の遺跡は下位段丘面に移動していると指摘。「中葉は天竜川氾濫原を利用した水田による稲作を、後半は畑作を含めた農耕を行ったことが考えられる」とした。

 後期では集落規模が大きくなり、高位段丘面にムラが広がるように。多くの集落は短期間で廃絶しており「畑作中心の農業形態に起因しているのでは。弥生時代前期から後期への過程の中で、西から波及した農耕文化を風土に根差した伊那谷独自のものにしていくのがわかる」と話していた。

 土屋さんは弥生中期―古墳時代にかけての古代国家形成の過程を追いながら、県内の古墳の特徴や土器・石器の流通などを解説。交易拠点と中央政権との結びつきについてふれた。

 講座第2回「信濃の中世」は来年1月16日午後1時半から。県立歴史館学芸員の滝沢正幸さんが「信濃の戦国武将―真田三代―」、美博客員研究員の鈴川博さんが「中世下伊那の武将たち」をテーマに講演する。

 聴講無料、申し込み不要。問い合わせは美術博物館(電話22―8118)へ。

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