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松川高で語り部から満蒙開拓学ぶ

 松川高校の3年生で選択科目の「人文社会研究」および「異文化理解」を受講する22人は6日、満蒙開拓について学ぶ授業の一環として、元満蒙開拓青少年義勇軍の湯沢政一さんから、旧満州(中国東北部)での体験について聞いた。

 生徒らは、これまで10時間にわたり「地域史」とも呼べる満蒙開拓について学習を深めてきた。9月には阿智村駒場の満蒙開拓記念館の見学も実施。この日は、72年前の太平洋戦争開戦日である12月8日に合わせる形で、語り部の湯沢さんから生々しい体験談を聞き、あらためて平和の尊さについて考えた。

 「国のためと言われると心躍る軍国少年だったと同時に、満州に対し大きな憧れを抱いていた」と義勇軍に志願した当時を振り返る湯沢さん。この日は、1945(昭和20)年3月に15歳で満州へと渡った後、旧ソ連軍の侵攻により強いられた過酷な逃避行やハルビン収容所での生活、中国人に雇われ翌年10月に帰国を果たすまでの体験一つ一つを、かみしめるように語った。

 過酷な環境下、満州では多くの仲間が病死したといい、「遺体は凍った川の上に置かれたが、やがて春になると川を下り、日本海へ出て霧となり、雨となって故郷の山川に帰ってきた」と声を詰まらせた。また、共に満州に渡った幼なじみも病死したため、帰国を果たした際も「うれしくて真っ先に家に帰りたいという思いがある反面、幼なじみの両親に何と伝えればいいのか分からず、家まで遠回りをして帰った。あの時の切なさは忘れられない」と話した。

 湯沢さんの話を聞き終えた生徒からは、「今の生活がいかに恵まれたものであるかを、あらためて気づかされた。今日聞かせていただいた話を、家族や友人にも伝えていきたい」、「多くの人の死に触れられた無念さは計り知れない。この歴史を知った私たちも未来に語り継いでいくことが、平和であり続けるための道だと思った」、「今の世の中は命やお金が軽んじられている気がする。考えをあらためるべき」などの感想が寄せられた。

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