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「一番の尊い遺品になった」 軍事郵便が遺族の元に 飯田市川路で発見

 飯田市の川路まちづくり委員会と川路遺族会は6日から、同市川路で見つかり、市歴史研究所が解析、保存した1000通余の軍事郵便はがきを、所在が分かっている遺族や関係者らの元に届け始めた。同まち委の関島雅直会長によると、全体の約6割程度を返還できるといい「不明な郵便については9月初旬に開く敬老会で展示し、情報を集めたい」としている。

 1894年の日清戦争時に開始された軍事郵便。川路で見つかったのは、1920年から44年まで飯田市川路小学校と青年学校に教員として勤務し、元川路村長の今村正業氏(1902―85)に、教え子が戦地の状況を克明につづって宛てたもので1013通、194人分。川路の名家「辻」今村家の縁者で、下條村陽皐の男性がこれまで保管し、ことし2月に同まち委に寄贈した。

 1937―39年の中国から発送されたものが中心で、郷土出身者の戦死を告げるものから、望郷の念、迷いや加害など戦地の厳しい状況が伝えられている。

 このうち、父・善三さん(享年36歳)を含む兄弟3人が今村氏に宛てた計23通を受け取った同市川路の今村誠也さんは、3人の写真を前に郵便が手元に届いたことを報告しながら手紙に目を通した。

 「第一線に立ってがんばる」の言葉をはじめ、無事でいることや郷里の戦友との出会い、慰問品への感謝の言葉などの内容に涙したという今村さん。「赤紙(召集令状)が来たときのこと、父を戦地へ送り出すとき列車の窓から身を乗り出して手を振ってくれたことを強烈に覚えている」と語る。今回の返還については「手紙が届くことは思ってもなかった。よく保管してくれていた。遺骨も遺品もない中で、一番の尊い遺品になった」と喜んでいる。

 郵便は、同研究所が氏名や送付元、日付、内容を確認してデータをすべて保存した。関島雅直会長は「平和社会の維持とともに、川路の人と人の心をつなぐ事例を大切に受け継いでいきたい」と話した。

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