制服まとめ
2018年9月23日付

「スポーツの秋」となり、諏訪地方は秋の運動会シーズンに突入した。保育園や小学校だけでなく、各地区や企業などでも行われる秋の一大イベント。そんな運動会は、いつどのようにして始まったのだろうか▼日本の運動会のルーツは、1874(明治7)年に海軍幹部を育成するための学校「海軍兵学寮」で、英国人教師のダグラスが「英国で行われているアスレチックスポーツがしたい」と提案して開かれた「競闘遊戯」だとされているようだ▼その後、札幌農学校では「力芸」、東京大学では「運動会」が開かれ、師範学校、さらには全国の小中学校へと広がった。当初は複数校が校外で一緒に行う遠足も兼ねた催しだったようだが、大正時代に入り、各校ごとの行事に変化した▼運動会は「村の祭り」としての性格も強かったようで、大正時代には児童、教師をはるかに上回る地域住民が集まり祭のようににぎわったという。戦後も忙しい農作業の合間をぬって家族総出で応援に行き、グラウンドの周りで家族団らんで昼食を味わう光景が目に焼き付いている▼現在の小学校の運動会は、「競争」より「協調」を重視するようになり、競技の内容も変わってきた。昼食は給食となり、かつての光景がなくなったのはややさみしく思う。時代とともに変化するのは当然だが、それでも多くの子にとって秋の一大イベントであることには変わりないのだろう。